
この記事の要点
- 1ベトナムは人口約1億人(2023年)、中間層の急増でモノ・コト両方の消費市場が拡大している
- 22021年施行の外国投資法(61/2020/QH14)以降、日本企業の投資件数は増加傾向にある
- 3医療・製薬は2030年に33.8億ドル規模へ拡大見込み、外資100%の設立も認められる
- 4日本企業のベトナムM&Aは1件810万USD以下が中心で、二重帳簿などDDに時間を要する
本記事は2024年8月時点の情報に基づきます。
ベトナムは人口約1億人を擁し、中間層の急増とともに消費市場が広がっています。規制政策も近隣の新興国と比べて開放的で、日本企業の投資・M&Aは増加傾向にあります。本稿では、ベトナムの投資動向、産業構造、注目産業、M&Aの特徴を整理します。
ベトナム市場の基礎データと投資トレンド
人口・所得と中間層の拡大
ベトナムは、2023年の調査によれば人口約1億人で世界第16位、国土面積は約33万㎢で世界第65位の広さです。GDPおよび人口推移、世帯所得分布は増加傾向が続き、日本が高度経済成長で歩んできた道と同様、中間層が急激に増加しています。

出所:IMF - World Economic Outlook Databases [1]

出所:経済産業省『医療国際展開カントリーレポート ベトナム編』2021.3 [2]
中間層の急増に伴い、モノだけでなく、教育、医療、レジャーなどのコト市場でも消費意欲が旺盛になると予想されます。日本企業にとってベトナム市場への投資・M&Aは魅力的であり、今後ベトナム市場参入の重要性はさらに高まっていくと考えられます。
また、OECDの製品市場規制(PMR)指標によると、ベトナムの規制政策は中国などの近隣の競合国や、南アフリカ、ブラジル、アルゼンチンといった他の新興市場経済国と比較してオープンな市場となっています。日本企業のみならず、世界的にベトナムへの投資・M&Aが進むことが予想されます。
日本企業によるベトナム投資の推移
近年、日本企業によるベトナムへの投資は注目を集めており、その件数と投資額は以下のとおりです。

出所:外国投資庁(FIA) [3]
投資件数は、新型コロナウイルス感染症の最盛期である2019〜2020年を過ぎてからは増加傾向にあります。投資額は2022年が最も多くなっているものの、概ね同様の傾向です。
この背景には、ベトナム政府による外国投資に関する政策の制度化・強化があります。2021年に施行された「ベトナム外国投資法(61/2020/QH14)」において外国からの投資に関する諸条件が示されたことで、ベトナムへの投資機会が世界的に拡大しています。
ベトナムの産業構造

出所:国連(データ対象: 2018)、CIA - The World Factbook [4]
現在のベトナムのGDP別産業構造は上のグラフが示すとおり、第3次産業が最も大きく、第1次産業が最も小さくなっています。各産業の特徴は以下のとおりです。
第1次産業(16.2%):農業
農業はベトナム経済の基盤を支える重要なセクターで、主に米やコーヒー、果物などの農産物を生産し、国内消費だけでなく輸出にも貢献しています。一方で、農業の近代化や効率化が進まず、成長率が比較的低いという課題があり、持続可能な農業の実現や技術革新が求められています。
ベトナムより効率的で生産性の高い農業を実現している日本にとっては、日本の技術やノウハウを持ち込むことでベトナムの抱える農業の非効率を解消できます。ここに日本企業がベトナム進出、M&Aをする投資妙味があります。
第2次産業(38.1%):建設業・製造業
ベトナムの建設産業は2024年に9.8%の成長が予想され、特にインフラや運輸部門への政府支出の増加が市場の拡大を牽引すると見込まれています。政府は社会住宅計画にも注力しており、2030年までに100万戸の供給を目指して120兆ドンを投じる計画が進行中です。さらに、ベトナムの建設会社はアフリカ市場にも進出しており、2024年以降も持続的な成長が期待されています。
製造業はベトナムのGDPの20%以上を占めており、各業種の中で最大の割合を占めています。衣料品、電子機器、自動車部品など多岐にわたる製品が生産され、輸出および雇用創出の重要な柱となっています。
第3次産業(45.8%):小売業・観光業・情報通信
東南アジア全体に共通することですが、小売は街の小さな個人商店で購入する伝統的小売から、テクノロジーの普及に伴い先進国同様のオンライン主軸の購買へとシフトしました。消費者の購買行動が物理的制約から解放され、国内の消費は大きく伸びています。大型モールやデパートの建設も加速しており、海外ブランドの消費も活発化しています。
特にMade in Japanはベトナムでも人気で、ある種のブランドとなっているため、日本のファッション、化粧品、健康、スポーツといったメーカーが徐々に参入する傾向にあります。
観光業では、ベトナム国家観光局によると、2023年には約1260万人の国際観光客がベトナムを訪れ、678兆VNDの収益を上げました。2024年に向けて、観光業は1700万〜1800万人の国際観光客と1億1000万人の国内観光客を目指し、収益は約840兆VNDに達する見込みです。この成長はオープンなビザ政策に起因しており、政府および国家観光局は観光関連の制度や政策の改善を進めています。
情報・通信では、ITサービスや通信インフラの整備が進み、テクノロジー関連のスタートアップが増加しています。ベトナムはハノイを中心に理系人材の高度化が加速しており、優秀なソフトウェアエンジニアがハノイ大学やハノイ工科大学を中心に輩出されています。日本や欧米企業のオフショア開発を専門とする会社も増えており、情報通信部門は急成長を遂げています。
ベトナムは中国、インドの次に到来するIT人材の集積地として注目されています。日本企業のオフショア開発拠点として、日本のIT企業によるM&Aが加速することが想定されます。
ベトナムの強みと成長ポテンシャル
ベトナムは近年急速な経済成長を遂げており、その背景にはベトナムという国ならではの以下の特徴があります。
安価な労働力
ベトナムは年々人口が増加しており、特に20代〜30代の生産人口が増加している点が特徴です。豊富な労働力を持ち、労働コストが他国に比べて安価であるため、製造業にとって非常に魅力的な投資先となっています。
地理的優位性
ベトナムは東南アジアの中心に位置しており、中国やインド、ASEAN諸国へのアクセスが容易です。ベトナムに拠点を置くことで東南アジアにおける物流コストの低減や輸出入の円滑化が期待でき、ビジネスの効率を高めることができます。
高い経済成長率
近年のベトナムの経済成長率は5.05%を記録し、世界37位(189カ国)と、日本の126位と比しても非常に高い順位です。主な理由として、外資企業の受け入れによる製造業の成長、規制緩和による輸出の増加、そして中間層の拡大による国内消費の拡大が挙げられます。今後も政府は積極的な経済改革に取り組んでいく予定であり、持続的な経済発展が期待されています。
M&Aの注目産業
注目産業1:医療・製薬
ベトナムのヘルスケア市場は急成長中のセクターの一つで、特に医療サービスと製薬産業に大きな可能性があります。医療サービスは公立病院、私立病院、クリニックが存在し、製薬産業は国内外の企業が活動しています。国内企業はジェネリック薬の製造に強みがありますが、国際的な製薬企業も高度な医薬品の供給で重要な役割を果たしています。
市場規模を見ると、2020年にはヘルスケア市場の規模が約16.2億ドルに達し、GDPの6%を占めるまでに成長しました。2025年には23.3億ドル、2030年には33.8億ドルに達する見込みで、製薬支出も2021年に約6.6億ドルを超えました。この急成長は、人口の高齢化、所得の増加、医療サービスの需要増加によって支えられています。
近年、ベトナム政府はヘルスケア産業の改革を進め、医療サービスの質向上と医薬品の供給を強化しています。政府の目標には、2030年までに製薬輸出で年間10億ドルを稼ぐことが含まれています。医療設備の製造や医薬品の流通も外国投資家にとって魅力的な分野となっています。
中流階級の成長、高齢化する人口、公共病院システムが抱える課題、そして良質なヘルスケアへの認識の高まりは、日本企業が高品質な医療サービスや製薬製品を提供する機会となっています。特に、低コストの労働力と生産コストが魅力的で、現地での生産ラインの設置やベトナム企業との提携を通じて、国際市場に製品を輸出する戦略が考えられます。
ベトナム医療・製薬業界M&A締結リスト(2023)
| 買い手(国) | ベトナム売り手 | 金額(ドル/円) | 取得割合(%) |
|---|---|---|---|
| あすか製薬株式会社 | Ha Tay Pharmaceutical Joint Stock Company | 740万ドル | 32.6% |
| Thomson Medical Group | FV Hospital | 3億8140万ドル | 100% |
| Dongwha Pharm | Trung Son Pharma | 3000万ドル | 51% |
| Adamed Pharma | Dat Vi Phu Pharmaceuticals JSC | 未公開 | 100% |
表は2023年度にM&Aが締結された外資医療・製薬企業リストです。ベトナムは、外国企業の市場参入障壁を下げるために外資規制を緩和しています。特にEU-ベトナム自由貿易協定(EUVFTA)は、ベトナム市場における高品質の医薬品の利用可能性を高め、外国企業の利益を増やすことを目的として、関税を低く設定し、100%外資系企業の設立を許可しています。これにより、日本企業を含む外国投資家にとって、ベトナムでの事業展開がより容易になっています。
実際に医療・製薬業界では、外資企業による複数のM&Aが行われています。安価な労働力と低い生産コストを背景に、ベトナムの製薬企業は外国企業にとって魅力的な投資対象です。ベトナム国内でも多くのヘルステックスタートアップが立ち上がり、JioHealthやMed247は東南アジアのVCや著名投資家から大型の資金調達を実施しています。
上述のとおり、政府は2030年までに10億ドルの医薬品輸出を目指すという目標を掲げ、自国の技術を高めるために外国投資を積極的に誘致しています。このような背景から、ヘルスケア、医薬品の領域は日本企業にとって参入の追い風が吹いているといえます。
注目産業2:金融・フィンテック
ベトナムの金融市場は発展途上であるものの急成長しており、消費者サービス関連のフィンテックが魅力的です。

出所:e-Conomy SEA 2023 report [5]
グラフはベトナムのデジタルエコノミーの変遷を表した図です。デジタルトランスフォーメーション(DX)はベトナムの金融セクターにおいて重要なトレンドとなっており、政府は国のデータウェアハウスの構築を進め、デジタルデータの活用を促進しています。ベトナムの銀行は日本同様に、従来の店舗型からオンラインバンキングサービスを積極的に推進しており、金融のデジタル化が加速しています。
先述のとおりベトナムのEコマース市場は急速に成長しており、オンラインでの購買とそれに伴う金融サービスのオンライン化は切り離せません。今後ますますフィンテック市場の拡大と投資は進んでいくと推測されます。特に若年層の消費者はEコマースを利用する傾向が強く、所得の増加が見込まれる若年層をいかに獲得するかについて、企業は戦略を立てる必要があります。
ベトナムにおけるM&Aの特徴と日本企業へのメリット
日本企業によるベトナム企業のM&Aの特徴は、取引金額が比較的小規模であることです。投資対象となるベトナム企業の多くが中小企業で、買収する日本企業の多くも未上場企業です。2023年のデータを見ると日本企業によるベトナム企業の投資件数は470件、投資金額は約38億USDとなっており、1件あたりの取引金額は810万USD(約13億円)以下となっています。
ベトナムの企業の多くが比較的小規模であるため、日本企業にとっては少額の投資でベトナム企業をM&Aできるメリットがあります。
懸念材料としては、ベトナムの中小企業は内部管理が不十分な場合が多く、帳簿も二重帳簿、三重帳簿であることが多い点です。そのためデューデリジェンス、バリュエーション、契約交渉に時間と労力がかかります。交渉にはベトナムM&Aの専門家を活用することが重要です。
日本企業がDDで確認すべきことは次の3点です。
- 財務諸表と税務申告、銀行取引記録の整合性。
- 主要な許認可・土地使用権・労働契約の名義と有効期限。
- オーナー個人と会社の資金の分離状況、関連当事者取引の有無。
まとめ
ベトナムは近年急速な経済成長を遂げており、国内の中間層も拡大していることから、非常に魅力的な市場です。特に、安価な労働力と地理的な優位性は、製造業をはじめとするさまざまな産業においてコスト競争力を高める要因となっています。
さらに、政府の積極的な経済政策と外資誘致により、ベトナム市場は今後も持続的な成長が見込まれており、これに伴いM&Aの機会も増加しています。日本企業がベトナム市場へ参入することで、アジア全体での競争力を強化し、新たな成長ドライバーを得ることができると考えられます。特にヘルスケアや金融などの分野では大きなシナジー効果が期待されます。
検討にあたっての論点
- 自社がベトナムに求めるのは、労働力・地理的優位性か、拡大する中間層の消費市場か。
- 医療・製薬、フィンテック、農業のうち、自社の技術やノウハウが現地の課題を解決できる分野はどれか。
- 1件810万USD以下が中心という案件規模を前提に、複数案件を段階的に積み上げる体制があるか。
- 二重帳簿や内部管理の弱さを前提に、DDと契約交渉に十分な期間と専門家を確保できるか。
本記事の数値・制度は2024年8月時点の公開情報に基づきます。最新の制度・統計は一次情報で確認してください。
日本企業への示唆
ベトナムは市場規模の拡大と開放的な規制が重なり、日本企業にとって少額から参入できる市場です。一方で対象企業の多くが中小企業で、財務の透明性に課題があるため、案件の見極めが成果を左右します。
- 参入分野の絞り込み:医療・製薬、フィンテック、農業など、日本の技術が優位性を持つ分野を優先する。
- 案件規模の前提:1件810万USD以下が中心という実態を踏まえ、複数案件の積み上げを想定する。
- DDの設計:帳簿の信頼性と内部管理の実態を確認する期間と専門家を確保する。
検討前に確認したいこと
- 1自社がベトナムに求めるのは、労働力・地理的優位性か、拡大する中間層の消費市場か。
- 2医療・製薬、フィンテック、農業のうち、自社の技術やノウハウが現地の課題を解決できる分野はどれか。
- 31件810万USD以下が中心という案件規模を前提に、複数案件を段階的に積み上げる体制があるか。
- 4二重帳簿や内部管理の弱さを前提に、DDと契約交渉に十分な期間と専門家を確保できるか。
出典・注記
- [1] World Economic Outlook Databases(IMF)
- [2] 医療国際展開カントリーレポート ベトナム編(2021年3月)(経済産業省)
- [3] 日本企業によるベトナムへの投資件数・投資額(統計)(外国投資庁(FIA))
- [4] GDP別産業構造(データ対象: 2018)(国連、CIA - The World Factbook)
- [5] e-Conomy SEA 2023 report


