
この記事の要点
- 12000〜2019年の日本企業によるインドネシアM&Aは約200件で、一部出資56%、買収40%。買い手の76%は上場企業系
- 2一部出資が多い背景には、財務諸表の信頼性や手続きの煩雑さへの対応と、2020年11月のオムニバス法以前の外資規制がある
- 3売り手は後継者不在、IPOを見据えた提携、競争激化に伴う資金需要の三類型に分かれ、それぞれ求めるものが異なる
- 4法定監査対象外の企業では税務用・銀行用など複数の決算書が存在し、財務の透明性が最大の難所になる
本記事は2023年7月時点の情報に基づきます。
インドネシアは東南アジア最大の経済規模を持ち、その市場と成長余地から日本企業の投資先として注目されてきました。一方で、M&Aを進めるには、現地のビジネス環境、法律、文化に加え、財務情報の信頼性という固有の課題を理解する必要があります。本記事では、日本企業によるインドネシアM&Aのデータから見える特徴、売り手企業の類型、そして難易度を高める要因を整理します。
データで見る日本企業のインドネシアM&A
2000年から2019年までの期間に、日本企業によるインドネシアへのM&A件数は累計で約200件となりました。買い手の内訳は、上場企業および上場企業が出資する海外法人(シンガポールの子会社など)が76%を占め、非上場企業が24%です。
| 区分 | 内訳(2000〜2019年累計) |
|---|---|
| 買い手:上場企業・上場企業出資の海外法人 | 76% |
| 買い手:非上場企業 | 24% |
| 形態:一部出資 | 56% |
| 形態:買収(支配権の移転) | 40% |
| 形態:事業譲渡 | 3% |
| 形態:合併 | 1% |
形態を見ると、一部出資が過半を占め、支配権を取得する買収は4割にとどまります。この傾向は、インドネシア特有のリスクに対する日本企業の対応として読み解くことができます。
一部出資が多い理由
一部出資が多い背景には、インドネシアの法務手続きの煩雑さや財務諸表の信頼性の問題といった固有のリスクへの対応があります。買い手が上場企業中心であることも、開示や内部統制の観点から慎重な持分設計につながっています。
さらに、外資規制の存在も一部出資が多い理由の一つです。2020年11月に成立したオムニバス法による外資規制の緩和以前は、業種によって外資規制のために過半数の株式を取得できない状況があったと考えられます。
日本企業は、こうしたリスクを回避しながら、まず少数出資でインドネシアの事業環境や相手企業を理解し、その後に投資を拡大するという進め方を取ることが多く見られます。M&Aの判断においては、当初から支配権を取るのか、段階的に持分を高めるのかを、リスク管理の手段として意識的に選ぶことが重要です。
業種の傾向
インドネシアにおけるM&Aの主な業種は、製造業、金融業、不動産業です。いずれもインドネシア経済の重要なセクターであり、政府が投資を奨励しているセクターにも該当します。近年ではICT業界やエコエネルギー業界へのM&Aも増えています。デジタル化やサステナビリティへの社会的な需要の高まりとともに、これらのセクターへの投資が増えているためです。
売り手企業の類型とニーズ
インドネシアの売り手企業の多くは、ファミリービジネスや地方企業です。これらの企業はしばしば、事業の拡大や技術革新を目指して外資との提携を探しています。資本提携を求める理由は、主に次の三つに集約されます。
後継者不在
多くのインドネシア企業は家族経営で、次世代の後継者がいない、あるいは後継者が自ら新たな事業に取り組みたいと考えている場合、企業の所有者はM&Aを検討します。一部の企業にとって企業の譲渡は、経営からのExitとしてIPOを目指す選択肢と並行して検討されます。
シナジーのある出資者を探す
自社のIPOを目指す企業は、IPOに至る過程で日本企業との一部出資による提携を望むことがあります。日本的な経営スタイルを導入したいというニーズや、IPOを早めるための資金供給を望むニーズから生まれます。
競争激化に対応するための資金
業界競争が激化し、資金繰りに問題が生じた企業は、資金を提供するパートナーを探しています。ただし、こうした企業の多くはM&Aの経験が少なく、経営の透明性が不足していることも少なくありません。デューデリジェンスには十分な注意が必要です。
| 売り手の類型 | 求めているもの | 日本企業側の論点 |
|---|---|---|
| 後継者不在 | 事業の承継先、経営からのExit | 支配権取得の余地が大きい。経営体制の引き継ぎ計画 |
| IPO準備 | 少数出資、経営手法の導入、資金 | 少数持分で目的を達成できるか。IPO後の持分の扱い |
| 資金需要 | 資金提供のパートナー | 透明性の不足を前提とした精査。負債・偶発債務の確認 |
難易度を高める要因
インドネシアのM&Aは難易度が高いとされています。法的・規制面の課題、商習慣の違い、政治的リスクなどがありますが、最大の要因は財務諸表の透明性の欠如です。
複数の決算書
財務諸表の問題は、法定監査を受ける必要がない企業に多く見られます。これらの企業は同一の決算年度に対して、通常の決算書、税務当局用の決算書、銀行用の決算書といった複数の決算書を作成することがあります。
監査を受けている場合でも、監査済み決算書の信頼性は、監査を行う会計士の水準に左右されます。そのため、M&Aを実行する際には現地の事情に詳しい専門家を起用し、ある程度のリスクを覚悟したうえで投資を進めることが必要とされています。
制度面の改善
一方で、2016年に導入されたタックスアムネスティ(税務恩赦)制度により、多くの企業が海外資産を開示し、税務リスクは大幅に減少しました。オンラインシングルサブミッション(OSS)の活用により、法務手続きも以前より進めやすくなっています。
法制度と地域差
インドネシアの法律体系はシビルローシステムを基にしていますが、インドネシア独特の法制度や商習慣も存在し、これらへの理解が不足していると問題が生じることがあります。事業環境は地方によって大きく異なり、地元の事情に詳しいパートナーやアドバイザーの協力が必要になることが多くあります。事前の綿密な準備と、現地の事業環境に対する深い理解が求められます。
日本企業が確認すべきこと
- 対象企業が法定監査の対象か。監査を受けている場合、監査人の水準と監査済み決算書の信頼性。
- 税務用・銀行用など複数の決算書の有無と、実態の業績をどの資料で把握するか。
- 売り手の類型(後継者不在、IPO準備、資金需要)と、相手が求める条件。
- タックスアムネスティ後も残る税務リスクの範囲。
- 対象企業の所在地域の商習慣と、現地アドバイザーの確保。
検討にあたっての論点
- 一部出資から始めて段階的に持分を高める設計と、当初から支配権を取る設計のどちらを選ぶか。それぞれのリスクと所要期間を比較したか。
- 売り手の動機に応じて、自社が提供できる価値(承継先、経営手法、資金)は何か。
- 財務の透明性の問題を、価格調整、表明保証、エスクローなどの契約条件でどこまで手当てするか。
- リスクを覚悟したうえで投資を進める判断基準を、社内でどう設定するか。
本記事の数値・制度は2023年7月時点の公開情報に基づきます。最新の制度・統計は一次情報で確認してください。
日本企業への示唆
インドネシアでは、財務の透明性と外資規制への対応として、日本企業の多くが一部出資から関係を始めてきました。オムニバス法以降は支配権取得の余地が広がりましたが、財務諸表の信頼性という難所は残っています。
- 出資比率の設計:少数出資で関係を築いてから持分を高める段階的な設計は、リスク管理の手段として引き続き有効。
- 売り手の動機に応じた提案:後継者不在、IPO準備、資金需要のどれかによって、相手が求める条件は変わる。
- 財務精査の前提:複数の決算書の存在を前提に、監査の質も含めて実態の業績を確認する。
検討前に確認したいこと
- 1少数出資から始めて段階的に持分を高める設計と、当初から支配権を取る設計のどちらが自社の目的に合うか。
- 2対象企業の売却動機(後継者不在、IPO準備、資金需要)を把握し、それに応じた提携条件を用意しているか。
- 3複数の決算書が存在する前提で、実態の業績を把握する財務デューデリジェンスの方法と担当者を決めているか。
- 4タックスアムネスティ後の税務リスクの残存と、OSSによる手続きの現状を現地専門家に確認したか。
執筆
ReDelta Insights編集部
ReDelta Insights Editorial
編集部編集部
ReDelta Insights編集部は、日本企業の海外成長と海外M&Aの判断に役立つ知見を編集・発信します。市場、企業、取引実務の視点から、検討を深めるための問いを届けます。
- 海外成長戦略
- 候補企業の探索
- 取引実行


