インドネシアM&Aマーケットの変遷と展望:インフラ、エネルギー、ITへのシフト
インドネシア経済は2020年に2.07%のマイナス成長を経て回復局面にあり、M&Aの注目分野も運輸・農林からIT、さらに建設・不動産と電力・エネルギーへと移っています。財政やインフレなどのマクロ環境と分野ごとの機会・制約を整理し、日本企業が投資テーマを選ぶ際の視点を示します。

この記事の要点
- 12020年のGDPは2.07%減とアジア金融危機以来初の縮小でしたが、2021年には約3%成長に回復しました。
- 2財政赤字は一時GDP比7%、公的債務残高はGDP比40%に増大し、財政規律が課題となっています。
- 3M&Aの注目分野は運輸・農林からITへ、2030年に向けては建設・不動産と電力・エネルギーへ移るとされます。
- 4建設分野ではPPPや新首都(IKN)建設への参画が期待される一方、建設ライセンスの取得・更新に注意が必要です。
- 52060年カーボンニュートラル目標のもと、小水力や廃棄物発電など再生可能エネルギーが日本企業の機会とされます。
本記事は2023年7月時点の情報に基づきます。
インドネシア経済は新型コロナウイルスの世界的流行以前、個人消費の強さを背景に年率おおよそ5.0%の成長を続けていました。2020年にはCOVID-19の影響でGDPが2.07%落ち込み、1997年から1998年のアジア金融危機以降で初めての縮小となりました。
この落ち込みからの回復とともに、インドネシアのM&A市場でも注目される分野が移り変わっています。本記事では、マクロ環境の現状と、M&Aの注目分野がどのように変遷してきたかを整理し、日本企業が投資テーマを選ぶ際に確認すべき点を示します。
コロナ禍からの回復と財政の課題
2020年の逆風にもかかわらず、政府の積極的な介入、特に「国家経済復興プログラム(PEN)」の推進により、2021年には約3%の成長まで回復しました。一方で、この期間に財政赤字はGDP比で一時7%に達し、公的債務残高もGDP比40%へと増大しました。インドネシア政府は財政規律の維持とバランスの回復という課題に直面しています。
2022年以降の経済については、世界銀行やアジア開発銀行などの金融機関が、2019年の成長水準と一致する5%程度の成長を予測していました(2023年7月時点)。しかし、インドネシア中央銀行はウクライナ情勢や2022年7月以降に加速するインフレの影響を考慮し、成長見通しを下方修正しています。
| 項目 | 状況(2023年7月時点の公開情報) |
|---|---|
| コロナ禍前の成長率 | 年率おおよそ5.0% |
| 2020年のGDP | 2.07%減(アジア金融危機以来初の縮小) |
| 2021年の成長率 | 約3%に回復 |
| 財政赤字 | 一時GDP比7% |
| 公的債務残高 | GDP比40% |
| 2022年以降の見通し | 5%程度(世界銀行・アジア開発銀行)。中央銀行は下方修正 |
M&Aの観点では、為替レートの動きとインフレ率の上昇が投資額の設定と回収期間の設計に直接影響します。マクロ環境の変動を前提に置いた投資判断が求められます。
M&A注目分野の変遷
経済の変動とともに、インドネシアのM&A市場も成長と変化を遂げてきました。初期の段階では運輸・輸送・倉庫業や農林水産・ゴム・窯業への投資が多く、2010年代に入ってからはIT・情報・ソフトウェアへの投資が増加しています。
最近では注目分野が再び変わりつつあります。2030年の視点で見ると、建設・不動産業や電力・ガス・エネルギー業界が投資の主流になると予想されています。地元企業の事業拡大に対応するためには、これらの業界への資金投入が必須となるためです。
| 時期 | 注目分野 | 主な背景 |
|---|---|---|
| 初期 | 運輸・輸送・倉庫、農林水産・ゴム・窯業 | 一次産業と物流基盤への投資 |
| 2010年代 | IT・情報・ソフトウェア | スタートアップによるデジタルトランスフォーメーション |
| 2030年に向けて | 建設・不動産、電力・ガス・エネルギー | インフラ開発、脱炭素化、新首都建設 |
IT・情報・ソフトウェア
IT・情報・ソフトウェア業界では、スタートアップが投資の中心です。近年、これらの企業がデジタルトランスフォーメーションを推進し、経済成長を牽引しています。
日本企業がこの分野で投資を検討する際は、対象企業の収益性と成長性のバランス、そしてデジタルサービスに関わる規制(データ保護や外資規制)の確認が出発点になります。
建設・不動産
建設・不動産業界では、商業施設やオフィスビルへの投資がジャカルタ首都圏を中心に見られます。日本企業による地元ゼネコンへの出資も増えています。背景には、日本企業が持つ技術力や大型工事の受注実績を活用した市場開拓に加え、官民連携(Public Private Partnership、PPP)事業への参画、新首都(Ibu Kota Negara Nusantara、IKN)建設事業への参画への期待があります。
ただし、規制の多い業界であるため、建設ライセンスの取得や更新には注意が必要です。地元ゼネコンへの出資は、ライセンスや受注実績を持つ企業と組むことで参入の時間を短縮する手段になりますが、出資後もライセンスが維持される条件を事前に確認しておく必要があります。
電力・ガス・エネルギー
電力・ガス・エネルギーセクターでは、再生可能エネルギーへの投資が注目されています。インドネシア政府は2060年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を目指しており、石炭火力発電から水力発電、バイオマス発電、太陽光発電などへの転換を促進しています。
特に、豊富な水資源と地形を活用した小水力発電や廃棄物発電への投資は、日本企業にとって大きな機会とされます。これらの事業では、許認可、電力買取条件、用地の権利が事業価値の中核になるため、既存事業への出資・買収を検討する場合は、それらが株主変更後も維持されるかの確認が欠かせません。
今後の展望
2022年の為替レートの動きやインドネシアのインフレ率上昇により、海外投資の環境は厳しくなっています。しかし、建設・不動産および電力・ガス・エネルギーは引き続き注目すべきセクターです。
インドネシアは建国100周年である2045年までに、一人当たりGDP2万ドルを超え、世界経済で5位に躍進することを目指しています。これを実現するためにインフラ開発は欠かせないテーマであり、PPPを活用したインフラ整備が求められています。脱炭素化や「Making Indonesia 4.0」の実現に向けて、電力・ガス・エネルギー業界の重要性も増しています。
インドネシア経済の持続的な回復と成長のために、政府は外資の流入を促進する方針を堅持しています。この方針が続く限り、インドネシアのM&A市場は日本企業にとって新たな事業機会を提供すると考えられます。
日本企業が確認すべきこと
注目分野の潮流に乗ることと、自社にとって合理的な投資であることは別の問題です。投資テーマを選ぶ際には、次の点を確認しておきたいところです。
- 自社の強み(技術、受注実績、運営ノウハウ)が、対象分野で現地企業から評価される資産になっているか。
- 為替・インフレ・金利の変動を、投資額と回収期間の前提にどう織り込むか。
- 対象分野に固有の許認可(建設ライセンス、電力事業の許可など)が、出資・買収後も維持されるか。
- PPPや新首都建設など政府主導のプロジェクトに依存する事業の場合、政策変更時の影響をどう見積もるか。
- 対象企業の主要顧客や契約先に政府機関・国有企業が含まれる場合、その契約条件の継続性。
見落としやすいのは、市場全体の成長期待をそのまま対象企業の成長見通しに置き換えてしまう点です。分野の追い風と、個別企業の収益性・統治の実態は分けて評価する必要があります。
検討にあたっての論点
- 自社の投資テーマは、IT、建設・不動産、電力・エネルギーのどの潮流と重なるか。潮流に関係なく成立するテーマか。
- マクロ環境の変動(為替、インフレ、財政)を前提にしたとき、投資の目的と回収の設計は成立するか。
- 分野固有の許認可や規制を、投資判断のどの段階で、誰が確認するか。
- 政府主導プロジェクトへの依存度と、政策変更時の影響をどのように評価するか。
- 現地企業への出資・買収と自社での新規参入を、時間軸と難度の面でどう比較するか。
本記事の数値・制度は2023年7月時点の公開情報に基づきます。最新の制度・統計は一次情報で確認してください。
日本企業への示唆
M&Aの注目分野が移り変わる市場では、「今どの分野が注目されているか」よりも、自社の強みが活きる分野で潮流をどう使うかが判断の軸になります。建設・不動産では技術力と受注実績、電力・エネルギーでは小水力や廃棄物発電の技術が、現地企業との提携や買収で評価されやすい資産です。
- テーマの選択:注目分野の潮流と自社の強みが重なる領域を特定し、投資の目的を明確にする。
- マクロ環境:為替、インフレ、財政の動向を、投資額と回収期間の前提に織り込む。
- 規制と許認可:建設ライセンスや電力事業の許認可など、分野固有の制約を初期段階で確認する。
検討前に確認したいこと
- 1自社の投資テーマは、IT、建設・不動産、電力・エネルギーのどの潮流に乗るものか。それとも潮流に関係なく成立するものか。
- 2為替とインフレの変動を、投資額の設定と回収期間の設計にどう織り込むか。
- 3建設・不動産に参入する場合、建設ライセンスの取得・更新やPPP参画の要件を事前に確認したか。
- 4再生可能エネルギーに参入する場合、対象事業の許認可・電力買取条件・用地の権利は株主変更後も維持されるか。
- 5政府の外資誘致方針が変わった場合に備え、契約や出資構造に保護条項を設けているか。
執筆
ReDelta Insights編集部
ReDelta Insights Editorial
編集部編集部
ReDelta Insights編集部は、日本企業の海外成長と海外M&Aの判断に役立つ知見を編集・発信します。市場、企業、取引実務の視点から、検討を深めるための問いを届けます。
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