インドネシアのオムニバス法:その改正内容と影響
2020年に成立した雇用創出オムニバス法は、許認可のリスクベース化、ネガティブリストからポジティブリストへの転換、労働法制の緩和を一度に実現し、外資の参入条件を大きく変えました。本記事では、製造業・サービス業・IT分野への影響と、法制度の安定性や実務運用に残るリスクを整理します。

この記事の要点
- 1オムニバス法(2020年法律第11号)は許認可、投資条件、労働法制など11分野を一括で改正した
- 22021年大統領令第10号で「原則自由・例外禁止」のポジティブリストに転換し、多くの業種が100%外資に開放された
- 3物流、医薬品製造・流通、通信、デジタルプラットフォームで外資規制が撤廃され、単独進出が可能になった
- 4憲法裁判所の是正命令と労働法制への反発が続き、細則の見直しリスクと運用の過渡期リスクが残る
本記事は2023年9月時点の情報に基づきます。
インドネシアの雇用創出オムニバス法(2020年法律第11号、通称Job Creation Law)は、国内の雇用機会を増やすために投資拡大を促進することを目的として制定されました。分野ごとに複数存在していた投資・事業関連規制の重複や矛盾を解消し、ビジネス環境を抜本的に改善する狙いがあります。本記事では、同法がビジネスにもたらした変化を改正前後で比較し、業種別の影響と、日本企業が備えるべき残存リスクを整理します。
オムニバス法の概要と狙い
同法はジョコ・ウィドド政権の下で2020年11月に成立・施行されました。15章からなり、約77本の法律・186条項を一本化する包括的な内容とされます。インドネシア政府はこの法律により、煩雑な許認可手続きの簡素化、外国直接投資の促進、労働市場の柔軟化などの規制改革を一挙に実現し、国際競争力とビジネス環境の向上を図ろうとしています。
改正は、事業許認可、投資条件、労働法制、中小企業振興、事業運営の利便性向上、土地取得手続き、経済特区整備など11の分野に及びます。M&Aの観点では、このうち投資条件(外資規制)、事業許認可、労働法制の三つが、案件の可否と価格に直接影響します。
事業許認可のリスクベース・アプローチ
事業許認可制度は、従来の「全業種で許認可必須」という画一的な規制から、リスクベース・アプローチへ転換されました。事業の安全性や環境影響などのリスク度合いに応じて4段階に分類し、リスクの低い事業は届出のみで許可不要とし、高リスク事業には厳格な許可が求められます。必要な手続きが明確化されたことで、低リスク分野の立ち上げが容易になり、新規参入のハードルが下がる効果が期待されています。
労働法制の緩和(有期雇用契約期間の延長、解雇時の補償金削減など)や環境許認可手続きの簡素化も盛り込まれ、従業員管理やプロジェクト実施の柔軟性が向上しました。買収後の事業拡張や新規ラインの立ち上げを計画する際は、対象事業がどのリスク区分に該当するかを事前に確認しておく必要があります。
ネガティブリストからポジティブリストへ
旧制度(ネガティブリスト)
オムニバス法の施行前、インドネシアの外国投資規制は「ネガティブリスト」と呼ばれる方式で管理されていました。歴代の大統領令で業種ごとに外国資本の出資比率上限や禁止分野が細かく定められ、リストに掲載されていない分野のみが原則として100%の外資出資を認められていました。
2016年の大統領令第44号では、300以上の事業分野で外資の参入制限や禁止措置が規定され、多くのサービス業や特定産業で外資比率の上限(例:通信事業は67%まで)が設定されていました。ネガティブリスト方式は保護主義的な色彩が強く、外国資本にとって進出の大きな障壁となっていました。
新制度(ポジティブリスト)
オムニバス法に基づき、2021年2月に公布された大統領令第10号(改正後は2021年大統領令第49号)によって、投資分野リストが抜本的に改定されました。最大の変更点は、「原則自由・例外禁止」のポジティブリスト方式への転換です。特定の禁止・制限分野を除き、全ての事業分野が外国投資に開放されると明記されました。
| 観点 | 旧制度(ネガティブリスト) | 新制度(ポジティブリスト) |
|---|---|---|
| 根拠 | 2016年大統領令第44号など | 2021年大統領令第10号(改正後第49号) |
| 基本原則 | リスト掲載分野は制限・禁止、非掲載は開放 | 原則自由、禁止・制限分野のみ例外 |
| 制限の規模 | 300以上の分野で制限・禁止 | 特定の禁止・制限分野に限定 |
| 外資比率の例 | 通信事業は67%まで | 通信事業の外資規制を撤廃 |
| 日本企業への影響 | 合弁が前提となる業種が多い | 単独進出や過半数取得の選択肢が広がる |
既存の合弁事業を持つ日本企業にとっては、パートナーからの持分買い取りによって過半数や100%へ引き上げる余地が生まれた点が重要です。新規案件でも、合弁を前提にせずに買収の設計を検討できる業種が増えました。
業種別の影響
規制緩和は幅広い業種に及びますが、ここでは製造業、サービス業、IT・デジタル分野を中心に、進出が容易になった分野と課題が残る分野を見ていきます。
製造業
製造業にとって、オムニバス法は投資環境の改善と人件費の柔軟化という二つの点で追い風となりました。投資規制の面では、従来一部で外資出資比率の上限があった食品飲料、化学、医薬品などの製造分野でも規制緩和が進み、100%出資の現地法人を設立しやすくなりました。医薬品の製造・流通では外資規制が撤廃され、工場建設から販売まで一貫して外資系企業が行えるようになっています。
輸出志向型の製造業やインフラ関連製造(鉄道車両や発電設備など)は優先業種に指定されており、税制優遇などのインセンティブを受けられます。
労働面では、製造業は多くの労働者を雇用するため、解雇補償金や契約更新のルールが事業コストに直結します。新法では有期契約労働の最長期間が延長されて更新制限が実質的に緩和されたほか、累積解雇手当の上限引下げにより企業側の人件費負担リスクが軽減されました。季節変動や景気変動に応じて労働力を調整しやすくなり、工場の運営がしやすくなっています。
サービス業
物流・運輸サービスでの変化は顕著です。従来は外資出資が制限されていた貨物運送取扱(フォワーディング)事業、倉庫業、港湾ターミナル運営などが100%外資に開放されました。日本の物流企業も現地パートナーなしで法人を設立し、倉庫網や輸配送サービスを展開できるようになっています。
卸売・小売流通では、大規模卸売業が外資単独で展開可能になりました。金融・保険サービスは銀行法や保険法といった個別法の規制が残りますが、フィンテックなど一部の新興分野では規制緩和の動きがあります。観光・娯楽では、ホテル業はもともと外資に開放されていましたが、地域振興目的の観光開発プロジェクトが優先業種に指定されるなど追い風となっています。
医療・教育も変化の大きい分野です。病院・クリニック経営は外資参入が容易になり、外国大学のインドネシア分校開設も条件付きで可能となる(高等教育法改正による)など、サービス分野の国際化が進みつつあります。
IT・デジタル分野
IT・デジタル分野は、オムニバス法の恩恵を大きく受けた代表的な業種です。通信事業(ISP事業やデータ通信サービスなど)の外資規制撤廃により、通信キャリアやデータセンター事業への外資参入余地が広がりました。日本の通信関連企業が現地でデータセンターを設立したり、クラウド基盤を構築したりすることが100%子会社で可能になっています。
デジタルプラットフォーム・eコマース分野の改革も大きな変化です。従来、電子商取引(オンラインマーケットプレイスなど)では、投資額が1兆ルピア(約70億円)未満の場合は外資出資49%までという規制があり、小規模なスタートアップへの外国資本参加が制限されていました。ポジティブリストの導入によりこの規制は撤廃され、商業目的のウェブポータル・デジタルプラットフォーム事業は投資額に関係なく100%外資に開放されています。創業間もない現地スタートアップにも海外VCや事業会社が出資できるようになりました。
| 分野 | 主な変化 | 日本企業にとっての意味 |
|---|---|---|
| 製造業 | 食品飲料・化学・医薬品の規制緩和、労働法制の柔軟化 | 100%出資の工場運営、人件費リスクの低減 |
| 物流 | フォワーディング・倉庫・港湾ターミナルが100%外資に開放 | 単独での倉庫網・輸配送の展開 |
| 卸売・小売 | 大規模卸売業が外資単独で可能 | 流通網の直接保有 |
| 医療・教育 | 病院・クリニック経営、大学分校が条件付きで可能 | 新規分野への参入余地 |
| 通信・データセンター | 外資規制の撤廃 | 100%子会社でのインフラ構築 |
| デジタルプラットフォーム | 投資額1兆ルピア未満での49%上限を撤廃 | スタートアップへの少数・過半数出資が可能 |
残るリスクと不確実性
規制緩和が進んだ一方で、依然としていくつかのリスク要因が存在します。
法制度の安定性
オムニバス法は成立直後に憲法裁判所の是正命令を受けました。国内では同法を巡る政治・社会的な議論が続いており、特に労働法制の改訂部分については労働組合や野党勢力が強く反発しています。将来的な政権交代や裁判所の判断によって細則の一部が見直される可能性は否定できません。実際に、裁判所の判断に従って2023年には手続面の補正が行われましたが、その後も労働者保護に関する追加修正を求める声が上がっています。
実務運用の不確実性
法律上は大幅な規制緩和が実現していても、現場レベルで許認可手続きが円滑に進むかは引き続き注視が必要です。新しいOSSシステムやリスク評価制度が定着するまで行政当局側にも試行錯誤があるとみられ、申請処理の遅延や判断のばらつきといった過渡期特有のリスクを織り込む必要があります。
外資規制の緩和に伴い、競合他社も進出を加速させることが予想されます。特にデジタル分野では各国の企業がインドネシア市場を狙っており、出遅れればシェア獲得が難しくなる可能性があります。制度そのもののリスクと市場競争のリスクの双方に目を配り、慎重かつ迅速な意思決定が求められます。
日本企業が確認すべきこと
- 対象事業がポジティブリストで開放された分野か、依然として禁止・制限・条件付きの分野か。
- 対象事業のリスク区分と、必要な許認可・届出の内容。買収後の事業拡張に追加の許認可が必要か。
- 有期契約の運用状況と解雇手当の引当。新法の緩和が対象企業の実務に反映されているか。
- 既存の合弁契約に、持分引上げを制約する条項がないか。
- 憲法裁判所の判断や労働法制の見直しに関する直近の動向。
検討にあたっての論点
- 合弁が前提だった業種で、単独進出や過半数取得に切り替える価値はあるか。既存パートナーとの関係をどう扱うか。
- 労働法制の緩和を前提に人件費を見積もる場合、細則の見直しリスクをどの程度織り込むか。
- 許認可の運用が過渡期にある中で、クロージング条件やスケジュールにどれだけ余裕を持たせるか。
- 規制緩和で競合の参入が加速する分野で、自社の参入時期は適切か。
本記事の数値・制度は2023年9月時点の公開情報に基づきます。最新の制度・統計は一次情報で確認してください。
日本企業への示唆
オムニバス法は、日本企業がインドネシアで単独進出や過半数取得を検討できる範囲を広げました。物流、医薬品、通信、デジタルプラットフォームでは現地パートナーなしの事業展開が可能になり、既存の合弁の見直しや買収による持分引上げも選択肢になります。
- 参入形態の再検討:合弁が前提だった業種でも、100%出資や過半数取得が可能かをポジティブリストで確認する。
- 人件費の見直し:有期契約の延長と解雇手当上限の引下げを、対象企業の人件費と統合計画に反映する。
- 制度リスクの管理:憲法裁判所の判断と労働法制の見直しの動向を継続的に確認し、契約条件に反映する。
検討前に確認したいこと
- 1対象事業がポジティブリストで100%外資に開放された分野か、依然として制限・条件付きの分野かを確認したか。
- 2リスクベースの許認可制度で、対象事業がどのリスク区分に該当し、どの手続きが必要かを把握しているか。
- 3労働法制の緩和(有期契約の延長、解雇手当上限の引下げ)を、対象企業の人件費と統合計画に反映しているか。
- 4細則の見直しや行政運用のばらつきが生じた場合の影響を、契約条件やスケジュールに織り込んでいるか。
執筆
ReDelta Insights編集部
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